音楽に生きた「やまじゅん」

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「山純」 本名は「山本 純」と申します。スタジオ・ミュージシャンを本業としていました。生まれたのは「善光寺」で有名な長野県長野市で、その善光寺から歩いて10分位の「上松」という所で昭和39年(1964)に生まれました。幼い時から音感が良くて、人々を驚かせていました。
でもヴァイオリンを正式に始めたのは中学生になる頃からですから、遅いですよネ!中学時代は弦楽アンサンブルでコンクール入賞、長野高等学校では管弦楽班に入部して活動、三年生でコンサート・マスター担当。
右の写真で大事そうに抱えているのは、自慢の愛器「ルジェリ」です。(今は多くの名手が弾いて下さっています)

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音大を卒業してからはいろいろのオーケストラのエキストラでヴァイオリンを弾いたりヴィオラを弾いたり、いわゆるフリーランスで活躍しましたが、平成4年に「篠崎正嗣ストリングス」の仲間に入れて戴いて、主にスタジオ・ミュージシャンの仕事を始めるようになりました。そして次々と優秀なプレーヤーに出会って友達になり、物凄い刺激を受けました。両親がクラシックの音楽家であったため、自分は畑の違うポップス系の仕事を選んで両親の影響から離れ、その人達から学んで、必死に練習しました。中でも落合徹也さん(弦 一徹)を音楽的に尊敬し、人としても尊敬して、一緒に仕事をした時などは「今が最高!」と両親に興奮した口調で話して聞かせました。

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平成7年(1995)9月「TOKYO Y'S CLUB」を四人の仲間と結成してライブ活動を始めました。
メンバーは佐々木雄一・森 琢哉 ・山本 純・大沢 真人の四人でした。全員がクラシックを学んだ演奏家であったため「弦楽四重奏」の編成にこだわって、自分たちでアレンジを担当しあって独自のサウンドを目指しました。
東京を中心に活動しNHKハイビジョン「ときめきワイド」では一週間、レギュラー出演しました。
平成11年にはファースト・アルバムの「TOKYO Y'S CLUB」を日本クラウン会社からリリース、CDを発売しました。中には山純作曲の「Spring Has Come!」と「BIC=PACK」の2曲を入れて戴きました。
これは日本著作権協会に届け著作権を持っています。
長男の「諒」が2歳の春を迎えた時、東京の練馬区向山に住んでいた家の近くにある公園で、諒が遊んでいる楽しそうな姿を見て、即興的に作曲したのが「Spring Has Come」だったのです。右の写真がその時撮影したものです。
残念ながらこのCDは現在、廃盤となってしまいましたが、ご希望の方にはダビングしてお届けします。
info@yamaon.netまでお申しつけください(無料です)

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山純が参加したコンサート・ツァーの主な方々は[ジミー・ヘイジ&ロバート・ブラント] [中島みゆき] [小沢健二] [中森明菜] [金子由香利] [CHAGE&ASKA] [中島啓江] [さだ・まさし] [スピッツ] 等々の皆さんのツァーです。
NHKの大河ドラマでは「秀吉」「毛利元就」に参加。
共演した方々は[ロン・カーター] [須川展也] [佐藤充彦] [弦一徹ストリングス](落合クヮルテットも含む)[ケイコ・リー] [柏木広樹] [後藤叶圭] [チャリート] [越田太郎丸] 他、多数の皆さんです。書ききれなくてごめんなさい。ミュージカルでは「レ・ミゼラブル」「王様と私」「オリバー」「絆」に出演。

山純の口癖【今が最高!】・・・ 音楽大好き人間!・・・ 素晴らしいミュージシャンに囲まれ、幸せな人生でした!

 

【クラシック音楽での演奏記録】(主に長野市での演奏です)

Violin Sonata ・・・・・・・ モーツァルト・ベートーヴェン・シューマン・ブラームス・フランク・グリーグ・プロコフィエフ室内楽ではバッハの「音楽の捧物」よりトリオ・ソナタ・モーツァルトの弦楽四重奏曲・シューマンのピアノ五重奏曲・メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲 ・・・・・・ 他、「愛の喜び」「愛の悲しみ」等 ヴァイオリンの小品は多数演奏 自主コンサート開催 ・・・・・・・「スコラリ弦楽四重奏団,演奏会」「弦楽アンサンブルの夕べ」(長野市) 平成元年(1989)から10年間「文教大学管弦楽団」の弦楽器トレーナーを担当

 

平成12年(2000)6月8日 肺塞栓症にて逝去 享年35歳 早すぎる・・・・・悔しいです!